輝き ~ 脱・三日坊主計画

要約だよ人生は

模倣するということは完全悪ではない

id:octopus_iMykさんが先日の記事に関して引用をしてくれていた。感謝!
kisamasaki.hatenablog.com

というわけで、今日は私から上から目線的なものを一つ・・・

講義の課題やレポートもそうなのだが、大学生活は往々にして「模倣する」ことがキーになると言える。昨今は実験の不正疑惑だとか引用言及なしといったスキャンダルが横行しているせいで、この模倣という行為が殊に学術界ではかなり悪いイメージを持たれているのは私から言うまでもない。私の場合も大学入学直前で小保方晴子氏の研究不正が大きく取りざたされ、大学側もそのケースを引き合いに出しては口を酸っぱくして注意をしていたのを覚えている。

ただ、直前まで入学試験の対策漬けであった高校生が合格して大学に入学してきたところで、大学生活というものは右も左も分からないだろう。そういうわけで、実験講義を例にすれば、理系の大学では、大学側もレポートの正しい書き方や注意などを実験講義が始まる前に説明する。とはいえ、この講義では必要最小限の範囲でしか言及してくれないので、レポートや課題の体裁を理解することができる学生はおそらくほんの僅かだと考える。私も分からなかったし。こんな状況で過去のレポートや過去問が入手、共有できるということは非常に大きい。例えば、私は1学年の実験の過去レポを\LaTeX{}形式でサークルの先輩から共有してもらったのだが、これを一目見ただけで大まかな書き方が分かり、そして1年次にして実用的に\LaTeX{}を使うというきっかけを得ることができたのである。この経験は報告資料のスタンダードが\LaTeX{}となっている研究室に所属して以降も強みになった。過去の遺産を入手するためにはやはり縦の繋がりがないと茨の道になるので、そういった意味でも興味のあるサークルを探すことは重要になってくる。

「模倣する」行為の範囲を間違ってはいけない。当然ながら、完全コピーは許されるものではないし、私も許したくはない。しかし、体裁を知ることや、書式に従って自身の言葉によって著述すると言う観点では悪にはならないだろう。「習うより慣れろ」という言葉があるが、自分の納得する形を一般的に用いられている形式に融合させることができる良い手法だ。このあたりは講義の課題はおろか、卒業論文を書く際にも非常に重要な事実となっているので、肝に命じてほしい。

そういえば電通大はそろそろ成績が開示される時期。ちらほら例のハッシュタグを見かける時期になってきている・・・。