謎を謎で終わらせることに抵抗はないのか
謎のAI半導体メーカーNVIDIA(エヌビディア)、設計図共有サイトGitHub(ギットハブ)と、自作erやエンジニアなどからすれば日頃から見慣れているのに社会に照らすと謎扱いされたりどこかネジが抜けた解釈をされる企業がボンボン紹介されている中、今度は謎のデータ形式が登場した。なるほど、この世界は謎だらけである。
拡張子「.json」。JSON、正式名称JavaScript Object Notationは日本の不可解な点を大げさに取り上げる芸人でもなく、13日の金曜日でもなく、ソフトウェア間におけるデータ授受に用いられる形式の一つだ。経済新聞などの記事ではその記事の中だけで一応解決できるようにするように上から司令でもあるのだろうか、とりわけIT用語はどうもうやむやに「謎」扱いで終わらされているように思える。もっとも、挙げた記事は英語がオリジナルで、東洋経済における記事はほぼ直訳だともいう。結局、IT用語を謎扱いされるのは日本だけではないようである。
納得のいく説明だが、ユーザー自身が理解しやすいフォーマットにすることも重要ではないのか。
ほならね、自分で自然言語処理できるシステムを作ってみろって話でしょ?そう私はそう言いたいですけどね。
分からなければググれという風潮が当たり前になった現在、JSONのことを知らなくてもちょっと調べればその手の人間でなくとも概ね理解ができるようにこの世界は成り立っている。
インターネットって素晴らしい、こんな時代に生きていることが幸せだ。謎を謎で終わらせず、少しでも調べるという「習慣」をつける人が増えてくれることを、私も切に願うばかりだ。
※追記
ブログの読者から直接「今日も輝いていますね」(意訳:毎日ブログ見ていますよ)と言うコメントを頂きました。ありがたきお言葉でございます。