輝き ~ 脱・三日坊主計画

要約だよ人生は

輪講スライドタイムアタック

輪講が明日に迫ってしまった。今日の時点で、スライドが全く完成していない。まずい。まずいのに、全然やる気が起きないので参ってしまった。

今期の輪講は明日で最後。そのうち論文の紹介は2回であったが、紹介をするための準備と労力が激しく、今期は思ったほど研究が進まなかった。もちろん、論文の講読で得られた知識もあるけれど、毎回毎回前日まで夜更かしをして準備を進めるのを顧みると、自分の要領の悪さに苛立ちを感じてくる。何とかしてどこかで手を抜いてしまいたいところだが、手を抜いた箇所は教員にはお見通しで、発表の場で突っ込まれてしまう。今回はもう時間もほとんどなく、どうあがいたところで手抜きになってしまいそうだが、紹介する論文にちょうど分かりやすい図が多く利用されていたので割とマシなスライドを作ることはできるだろう。不本意だが、今夜も一人研究室に残って、PowerPointを立ち上げてスライド作成である。

輪講の前日に夜更かしをしなくていい世界線にワープしたい・・・

自転車のドミノ倒しの風景を見て思う

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物凄い強風の吹き荒れる1日だった。大学内に止まっている自転車は、当たり前のごとくドミノ倒しになっていた。こんな日であれば確かに当然なのだが、それにしては学内の自転車はよく倒れている気がする。電通大は自転車利用者の多さに比べて自転車置き場のスペースが小さく、1台当たりの占有面積が小さいのもあるだろうが、タイヤを引っ掛けて止めるタイプの自転車置き場が少ないのも問題だろう。自転車置き場用にと用意されたただの更地に、スタンドで止めるだけになる場所が多く、しかもそれがビル風の影響を受ける建物と建物の間にあったりするせいでこんなことになっているのではないだろうかと分析する。

こんな感じで繰り返し自転車が倒れていては、自転車もすぐ傷だらけになってしまうだろうし、下手するとこの衝撃でどこかのパーツが壊れてしまうだろう。こんな風の強い日は、最初から倒した状態で置いた方がよいのかもしれない。スペース的に迷惑?いや、どうせ後で倒れてしまうんだったら初めから倒れていても他と変わらないのでは、と思ったり。もっとも、私は自転車を持っていないけれど。

自身の研究に押し寄せる機械学習のブーム

先週は研究に没頭できない時間が続いてしまい、その反動を今週の担当輪講という形で食らっている。英語の論文の紹介を予定しているも、Google先生による翻訳に頼らざるを得ない状況になってきた。幸い、用意した論文の内容は明快で分かりやすく、明日には翻訳作業は終わりそうだ。

Google翻訳の実力はここ1、2年で大きく変わった。「存じ上げません」を「Zonjiage Not」などと翻訳していたのも今は昔。ニューラルネットワークを用いた手法によって人間らしい翻訳が可能になり、文法の整った文章は驚くほど高精度に訳してくれる。流石にそのまま用いるのはいろいろと問題があるが、翻訳された文章を解釈する作業は以前に比べると圧倒的に簡単になった。この作業自体にもニューラルネットワークが介在してくれると助かるんだけどなあ、と横着なことを考えてみる。

ディープラーニング機械学習の分野は興味があるも、メインの研究と並行して勉強・研究していくとなるとどちらも中途半端になってしまうのではないかと思い、現状はなかなかさわれていない。しかしながら、ここ最近は、メインの研究と関わりの深い概念にも機械学習を取り入れるというブームが到来しており、おそらくあと数年もしないうちに関わらざるを得ない状況になるのではないかと感じている。事実、ここ最近の論文を探す段階で「Deep Neural Network」やら「Machine Learning」といったキーワードが頻出しているのだ。私が現在の分野の技術者として生き残るためには多分避けては通れないだろう。勉強できる環境は十分に揃っている。できるだけ早い段階から独学で勉強を始める必要がありそうだ。

無意味でムダじゃないブログへ

2018年が折り返しに入った。ブログも一応続いており、そろそろこのことを一つの趣味としてカウントしても良いだろうか、と思った昼下がり、こんな記事を見つけた。

moriyamajun.com

なんとも耳に痛い、痛すぎる話である。一応、日記ではない記事も何度か書いてきたが、ネタがなくなればその度日記に走っており、このブログは実質のところ日記状態になっている。別に存在する必要なんてないのだ。人が見る環境で書かないと毎日更新する気持ちにならないだろう、という理由でブログ形式にしてきて8ヶ月。どうでも良いことをつらつらとつづってきたこともまた承知の上ではあったが、こういう風にいざ文字に起こされてみるとグサグサとくる。毎日更新するという気持ちが、一気に揺らいでしまった。

当初の目的の一つ、長い文を整理して書くという目標はすでに達成されつつある。Twitterとブログの住み分けもできるようになっただろう。しかし、未だにこのブログが日記の域を出ていないことは確かだ。というか、毎日更新するという目標のせいで、あまり練った記事を書けずに日記調子になるというのは一理あるように思える。

いますぐ毎日更新をやめよう、という気分にはなれない。更新をやめた瞬間に、ブログを書くこと自体を放棄してしまうのではないか、という未来も見えるのだ。三日坊主にならなかったのは、「書かなくては」という一種の制約が毎晩繰り返されていたからでもある。
とりあえず、一周年を迎えるまでのあと4ヶ月間は、これまでのスタイルを一貫するつもりでいる。その後のことは、その時になってから考えることにしようと思う。

研究を伝えるということ

大学院で取り組んでいる研究を研究室外の人に紹介する機会が増えている。自身が取り組んでいる研究のことについては、当然のことながら私は詳しい。間違いなく指導教員よりも詳しいだろうし、世界で一番詳しいかもしれない。その詳しさ故に、何も考えずに研究の詳細を伝えようとすると、何から何まで自分目線での語りになってしまう。何が言いたいかというと、研究というものは、あらかじめ内容を整理しておかないと伝えようとしても伝わらないのだ。

他人に研究の内容を説明するときは、どんなに専門性を持っているものであることを知っていようが、初めは相手が全くもって無知であることを仮定した上で話すべきだそうだ。最近の私は、日常に起こっている例を挙げて、「この状況は問題だから、私の研究で問題を解決できるようにする」という切り口で説明をするように心がけている。こうすることで、相手はその「状況」に身を置いた情景を思い浮かべて話を聞いてくれるだろう。数学的・物理的な説明はそれからである。相手が明らかに数学にアレルギーを持っているのが分かれば、ここで打ち止めてしまっても良さそうだ。

私は根っからの理系であるが、両親は家政学・法学、つまるところ文系出身であり、まあ見事に学問の話は噛み合わない。そもそも「大学院で一体何してるの」と聞かれてしまう始末である。しかし、こういう状況はむしろ「わかりやすく説明する」ための実験台としては好例らしい。次に実家に帰るときは、親に自身の研究内容をできる限り理解してもらうところから始めようか。

今日でひとまず、私の中で一つ荷が下りた。ちょうど2018年の前半が終了してしまう・・・。

梅雨明け

二度寝をしてしまい、午前の講義に思い切り遅刻してしまった。昨日のサッカー観戦でいつもより夜更かししてしまったのが響いてしまったようだ。幸い、講義に駆けつけた時にはまだ前回の復習をやっていたくらいだったので大したことにはならなかった。「生活にたるみはお腹のたるみ」だ、と友人から忠告を受け、体重を測ってみたが、それほど増えた様子もなかった。というか、ここ最近は暑いせいか食欲も湧いてこない。昨日も言ったような気がするが、夏バテの危機・・・

梅雨が明けたという知らせが入ってきた。まだ6月は明日まであるのに、今年は随分と早く夏が訪れるようだ。というかすでに十分に夏である。今日は学内の自転車があちこちでドミノ倒しになっているくらいには風も強いが、日射が強すぎて暑苦しい。私は汗っかき体質で、ちょっと走るくらいで汗がダラダラ出てくるタイプなので、それを防ごうとして歩く速度まで鈍くなっている。

講義の板書には毎回「今日が何回めの講義であるか」を書き始めに記しているのだが、いつの間にやら「11」や「12」の文字。前期もあっという間に終わろうとしている。

脱水症状と隣り合わせの季節・・・?

昨日、一昨日と何でもない平日なのに研究室を空けてしまったのだが、今日は輪講ということで向かうことに。進捗を円滑にするための目安、ハードウェアの管理等の都合で基本的に平日は毎日来ることをすすめられているものの、月曜と木曜の定例報告と輪講に居ればとりあえずは問題ないので精神的には楽である。その代わりとして今日は夜まで作業して帰ろうかと思っていて、夕飯を食べた後はすぐに戻ろうと考えていたのだが、ふとベッドに倒れ込んでしまい、そのまま3時間くらい経過してしまった。眠りたい時に寝付けないのに、こういう作業をしようという時に眠くなってしまうのはどうしたら良いのだろうか。おまけに冷房をつけないままぶっ倒れてしまったので、一気に水分が抜けてしまった。夏はこういう危険と隣り合わせである・・・水分はしっかり摂ろう。

結局目覚めてから研究室に戻ってきたが、ちょうどW杯の日本VSポーランドの試合がキックオフ。つい試合の状況に夢中になってしまって、他のことが全然手につかない状態に・・・。